食文化の違いと食品貿易

2000年代の初頭に農産品の輸出について調べ始めた頃、香港で日本の鶏肉の足が珍重されていることを知って驚いたことがあります。飲茶の材料として良いのだそう。中国の鶏より大きく、立派でコラーゲンたっぷり、という話を聞きました。飲茶店に向かい、日本の小売店ではお目にかかることがなく、出汁を取るくらいしか使い道がない食材が、香港では人気の飲茶メニューになっているということを確かめました。

その時は、食文化の違いって面白いと感じただけですが、その後も食品輸出に関わる中で、食文化の違いがもっと大きなビジネス機会を生む例のあることを知りました。例えば、近年輸出が急速に拡大し、農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略で、輸出重点品目に位置付けられているカンショや、以前から主力品目となっているナガイモがその好例です。

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カンショの輸出に先鞭をつけた宮崎県串間市のJA大束が輸出に取り組んだのは2003年のこと。取引先の福岡大同の担当者から、香港などでカンショをおやつとして食べる習慣があり、食味がよく、値段が手頃であれば需要があるとの情報が提供されたことがきっかけでした。当時、国内では各地で台頭するブランドいもの価格競争が激化しており、安定した生産量を維持していくためにカンショの新たな販路を模索しており、新たな販路として輸出にチャレンジしたところ、現地の食文化にマッチし大好評を得て輸出量が拡大していったそうです。

面白いのは、香港で重宝されるカンショが、家庭の炊飯器や電子レンジで蒸すことができる小ぶりのものだったこと。日本では商材として価値がない、小ぶりのいもに価値が生まれたわけです。特に、現在、カンショの輸出大手のくしまアオイファームは、輸出に特化した小ぶりなサツマイモの効率的な生産に資する「小畦密植栽培法」を開発。畝を小さく、間隔を狭くして単位面積当たりに慣行栽培の2倍の種イモを植える栽培法を適用することにより、収量を落としつつも、販売に適したサイズの歩留まりを3割上昇させ、輸出において国内と同等の利益を確保する見通しをつけたといいます。

あえて、小ぶりのカンショ生産に特化するという、逆張りのような戦略がたいへん興味深く思います。

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ナガイモの場合も、日本では大きすぎてカット販売されるなど持て余されていた太物(3L,4Lサイズ)が台湾では逆に好まれ、しかも地場産のものより色が白く美味であること、健康志向の強い富裕層を中心に高い評価を得られたことが本格的な輸出のきっかけとなりました。

当時、台湾では医学界がナガイモを漢方薬と位置付けたことなどから、ナガイモが健康食品として珍重されるようになり、「山薬(シャンヤオ)」と呼ばれて薬膳料理のスープ食材として根強い人気を誇っていたそうです。1999年に、台湾での健康志向、薬膳ブームに着目した神戸の仲卸業者が、十勝川西のナガイモを試験的に輸出したことが、その後の高い評価につながりました。

本格的な輸出に向けて、大型冷蔵施設の整備、周辺地域の協力による出荷量の確保、輸出用の品種開発など、様々な努力を行っていることに感心しますが、輸出の最大の成功要因は食文化の差といえます。

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もちろん、逆に日本が海外ではそれほど見向きをされないものを輸入している例も存在しています。例えば、マツタケ。マツタケを日本に輸出しているブータンの人が、なぜこれを日本人が好むのかわからないと話しているのをみたことがあります。西欧人はマツタケの香を靴の香りと感じて嫌うという記事も読んだことがあります。いずれにしても、多くの外国人から見て、日本人が高い金額でマツタケを買って食べるのは信じられないことのようです。そして、日本はありがたい市場ということだと思います。

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こうした地域差が相互利益を実現する貿易に結びつくのは当たり前といわれてしまいそうですが、日本の生産者の視点はこれまで内向きだっただけに、当たり前ではないのかもしれません。農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略を象徴するコンセプトは「マーケットイン(market in)」。海外の消費者や流通事業者の声に耳を傾け、海外市場で求められるスペックの産品の持続的供給が求められています。

そして、海外におけるニーズ調査を実際にやってみると、食文化の差が意外なだけに面白く、フードロス削減に資するという意味でも意義があると思っています。こうした問題意識をもって、引き続き様々な食材について高付加価値化の可能性を考えてみたいと思います。

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