最近、耳に残った表現のひとつが「プロトコルの行間」という言葉。JSTの研究開発資金の募集要項で出合いました。「行間」と聞くと、行間ににじみ出るとか、行間を読むとか、文章に表現しきれない感情を思い起こしますが、プロトコルの行間が問題にしているのは「暗黙知」の存在です。
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ライフサイエンスの分野では、実験手順を示すプロトコルとして、標準作業手順書(SOP:Standard Operating Procedures)の作成が進められており、驚くほど詳細な手順が記載されているのですが、それでも実際の手順をすべて記載することは難しく、同じプロトコルを用いて実験を行っても人によって結果に大きな差が出てしまうそうです。プロトコルに表現しきれていない暗黙知が実験や製造の成否に大きな影響を与えるのだそうです。
まして学術論文などに記されている実験手法、実験手順では、再現性を確保するための情報としては全く足りないそうです。
ライフサイエンスの実験や製造は、使用資材や衛生条件の確保等に相当な手間とコストがかけられており、実験作業者の熟練技術の伝達をするために、暗黙知を含む「プロトコルの行間」が補完された作業内容を、作業者に適切に提示可能なナビゲーションシステム(アシストシステム)が求められているのです。
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ここで目指されている熟練技術の伝達は大きくとらえると一種のナレッジマネジメントであり、1990年代初頭に一橋大学の野中郁次郎博士が発表したSECIモデルのことを思い出しました。共通体験をもとに暗黙知を共感しあう「共同化(Socialization)」、その暗黙知を言葉や図表などに形式知化する「表出化(Externalization)」、 創造された形式知と既存の形式知を結合する「連結化(Combination)」、 新たに連結された形式知を活用することで暗黙知を生み出す「内面化(Internalization)」という、4つのプロセスから構成されるSECIモデルの発表をきっかけとして、「知識経営」の考え方が広まりました。
また、個々人が持つ暗黙知(言葉や数字で表現しにくい技能やノウハウ)を形式知(言葉や数式で表現できる知識)に変換し、それを相互交換しあうことで新たな創造を行うことの大切さが理解され、「見える化」という言葉が当たり前のように用いられるようになりました。
ただ、暗黙知を文章化して伝えることには限界があることから、最近では暗黙知に近い情報をそのまま共有しようとする試みも見られます。例えば、農業分野では、①動画や音声などの五感に近い情報(形態知)の利用、②栽培暦や営農指導で蓄積された情報の探索によるインサイトの抽出など、技能継承に向けた新しい動きが輩出してきています。製造業やサービス業等、他の分野でもこうした事例の枚挙には暇がありません。
特に、生成AIを用いた文書解析、画像解析や、そこで得られたヒントを活用したVR/MR等の画像処理技術、ロボット化による自動化を組み合わせることによって、従来よりも高度な暗黙知の処理が実現しそうです。
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冒頭に紹介した「プロトコルの行間」という表現も、暗黙知を取り巻く技術環境は大きく変化していることを実感させます。新しい技術も活かしてインサイトを提供できるようにするために視野を広く持った研鑽が必要だと思っています。
SECIモデルとデジタル化による暗黙知共有の展開イメージ
株式会社マインズ・アイ
代表取締役 名取雅彦