AMAZONは、「ワーキング・バックワーズ(Working Backwards)」をイノベーションを促進するための行動規範として掲げています。具体的な手段として、社内で企画を起案する際に「PR/FAQ(Press Release/Frequently Asked Questions)」というフレームワークが用いられています。このフレームワークを通じて、アイデアをまとめる過程で自然と顧客志向が徹底される仕組みが整えられています。
手元のAWS Summit資料によれば、「ワーキング・バックワーズ」は以下の5つの問いから始まります:
- 対象となるお客様は誰ですか?
- お客様が抱える課題や改善点は明確ですか?
- お客様が受けるメリットは明確ですか?
- お客様のニーズやウォンツをどのようにして知りましたか?
- お客様の体験が描けていますか?
さらに、この手法ではスピードが重視されており、「文書化し、すばやく実験する」プロセスが提示されています。具体的には、「プレスリリース(PR)FAQを作成⇒ビジュアルを制作⇒プロトタイピングを実施」という流れです。このプロセスを通じて、顧客の視点に立ちながらアジャイルな課題解決を目指す姿勢が明確に伝わってきます。
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一方、「バックキャスティング(Backcasting)」という手法も注目に値します。これは、理想的な未来像を描き、そこから逆算して現在の活動を計画する手法で、環境政策や研究開発の分野で広く使われています。たとえば、アメリカの物理学者エイモリー・ロビンスが「backwards-looking analysis」を提唱し、1980年代にカナダの研究者ジョン・ロビンソンが「バックキャスティング」という言葉を使用し始めました。
日本でも、以下のような政府文書でバックキャスティングが取り上げられています:
- 環境省「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」
- 経済産業省「SDGs経営ガイド」
- 総合科学技術・イノベーション会議「将来像からのバックキャストについて」
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「ワーキング・バックワーズ」と「バックキャスティング」は、いずれも将来を考えて取り組みを検討する枠組みですが、使われるシーンは異なるようです。前者は具体的な課題解決や現実的な計画に適しており、後者は大規模な社会変革やビジョン実現に焦点を当てています。一般的に、前者は短期的な視点、後者は中長期的な視点に立つものといえるでしょう。
バックキャスティングは、事業者のビジネスに直接関わる機会が少ない印象がありますが、「ワーキング・バックワーズ」の考え方やPR/FAQというフレームワークは、すぐにでも日々の仕事に応用できる可能性があります。
項目 | Work Backwards | Backcasting |
目的 | 実現可能な具体的な目標の達 | 理想的な未来を描き、その実現方法を模索 |
時間軸 | 短期的または中期的なゴール | 長期的なビジョン |
視点 | 現在の状況やリソースを重視 | 現在の制約を考慮せずに未来を想定 |
応用分野 | プロダクト設計、プロジェクト管理 | 環境政策、社会システム、持続可能な開発 |
プロセス | ゴールから必要なステップを逆算 | 理想の未来から必要なプロセスや変化を逆算 |
また、顧客志向ということで通常のCS(Customer Satisfaction)経営と比べると、提供している製品・サービスがではなく、これから提供する製品・サービスの企画が対象であるという点で、「未来志向」という特徴を指摘できます。
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アマゾンの取り組みで特に感心させられるのは、ワーキング・バックワーズというキャッチフレーズにとどまらず、PR/FAQというフレームワークの採用によって、短期的なビジネスに自然と未来志向が反映される仕組みを構築している点です。アマゾンはこの方法を「メカニズム」と呼び、「カルチャー」「組織」「アーキテクチャ」と並んで、イノベーション文化を支える仕組みの一部として位置づけています。
「私たちは、お客様体験を起点に逆算して考えます(We start with the customer and work backwards)」というジェフ・ベゾスのメッセージを実際のビジネスモデルに組み込み、仕組みとして運用している点にアマゾンの卓越性を感じます。
株式会社マインズ・アイ
代表取締役 名取雅彦