観光立国・日本の課題:外資と地域の共生

2024年の訪日外客数は3,687万人となり、過去最高を記録しました。今年1月の訪日外客数も378万人と、統計開始以来、単月としての最高値を更新したそうです。新型コロナウイルス感染症の鎮静化や、円安による購買意欲の高まり、さらには春節を迎えた中国などからの旅行需要の上昇など、複数の要因が重なった結果とみられます。かつて「見えざる輸出」とも呼ばれたインバウンド観光が、力強く回復しつつあることは、我が国経済にとって非常に明るいニュースといえるでしょう。

一方で、その経済効果が必ずしも国内にとどまっていないのではないかという懸念も広がり始めています。特に宿泊・飲食・観光施設を中心に、海外資本による投資が加速しており、インバウンド観光によって得られた消費の一部が、地域を経由することなく海外に還流しているという指摘も出ています。

 

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このニュースに接し、2000年代初頭にカンボジアを訪れた際の記憶がよみがえりました。当時のカンボジアでは観光産業が成長する一方で、宿泊施設やお土産店の多くが韓国やタイなどの外国資本によって運営されていました。韓国人観光客が韓国資本のホテルに宿泊し、韓国系のお土産店を訪れるといった構図により、せっかくの観光消費が現地経済に還元されにくいという問題が生じていたのです。

そんな中、現地女性の雇用創出を目的として日本人が立ち上げた「アンコールクッキー」の取り組みを知り、大変感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えています。現地の素材を使い、現地の人々によって製造・販売されるこの商品は、まさに「貧困克服のためのツーリズム(Pro-Poor Tourism)」の成功例として国際的にも高く評価されました。観光を通じて地域に雇用を生み、所得を創出する仕組みを築くことの重要性を、この事例から学びました。

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まさか先進国である日本でも、同様の構図の問題が起こるとは、当時は想像もしませんでした。しかし最近では、我が国の観光地においてもこうした課題が顕在化し始めています。

たとえば、京都では町家風の小規模ホテルが海外資本により取得・再活用され、地元の人々の手から離れてしまっているという指摘があります。また、北海道のニセコ町では、オーストラリアなど英語圏の観光客に人気のスキーリゾートとして発展してきましたが、近年では外資系企業による高級ホテルやコンドミニアムの建設が進み、不動産価格の高騰や空き家の増加といった、地域住民の生活に影響を及ぼす課題も顕在化しています。街中の看板は英語表記が中心となり、「もはや日本ではない」とさえ言われることもあるようです。

同様の動きは、新潟県の越後湯沢や長野県の白馬村でも見られます。都市部に限らず、地方の観光地でもインバウンド需要の高まりとともに、海外資本による投資や買収が進み、別荘地化が加速。結果として、地元の若者や高齢者が住宅を確保しにくくなったり、地域の商業が外資系企業に取って代わられたりといった課題が表面化しているようです。

もちろん、海外からの直接投資は地域の観光インフラの整備や雇用創出に貢献する面もあり、一概に否定されるべきものではありません。しかしながら、それが地域資源の囲い込みや収益の海外流出を招くものであっては、本来の地域経済振興の理念とは相反する結果になりかねません。

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これからの観光まちづくりにおいては、「外貨を稼ぐ」ことだけでなく、「地域に富を循環させる」仕組みをいかに構築するかが問われています。観光客が消費する商品やサービスが、いかに地元事業者や住民の雇用・所得につながるか。地域の人々が観光を自分ごととして捉え、主体的に関わることができるか。そうした視点を持って、持続可能で豊かな観光地域づくりを進めていくことが、インバウンド時代においてますます重要になると考えています。

国や自治体による外資誘致政策においても、単なる経済効率ではなく、「地域との共生」や「利益の地域内循環」を重視した判断が求められます。今後は、観光による外貨獲得という視点とあわせて、「地域に根ざした観光」が持つ本来の価値を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

 

株式会社マインズ・アイ 

代表取締役 名取雅彦

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