イノベーションハブ

定年を迎えたころ、「二地域居住」「兼業兼居」を主導されてきたふるさと総合研究所の玉田所長から再雇用はけしからんという話をお伺いして、なるほどと思ったことがあります。再雇用は、飼いならされたサラリーマンが、定年を迎えて自分の生きざまを振り返り、独り立ちすることができる最後のチャンスを奪ってしまうかもしれないというのです。

たしかに日本では、同じ企業に勤め続ける就労者が欧米と比べると圧倒的に多いと言われています。最近でこそ、兼業が許されるようになり、自分の将来を考えるサラリーマンも増えては来ましたが、こうしたサラリーマンは少数です。私の身の回りでおきたように、再雇用制度が導入されれば、それを選ぶサラリーマンが輩出することは想像に難くありません。

自分で起業してみてわかったのですが、付加価値を生むことも、それを労働に対して配分することも、経営者の立場に立てば決定権限を持つことができます。楽ではありませんが、安きに流れることで、こうした自由な世界をみずに終わる人が増えることは、社会的活力をそぐような気がしてなりません。

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そうでなくても、以前から日本の起業意識は低迷しているといわれています。

例えば、ロンドンを拠点とする世界各国の起業家活動を調査する組織「Global Entrepreneurship Monitor」(グローバル・アントレプレナーシップ・モニター)によれば、2019年度の起業活動率(TEA)は50か国中47位と最低水準です。以前より増えたとはいえ、起業しようという人はそれほど多くはありません。

起業促進に対する国の関与のレベルの違いも感じます。わかりやすい例がフランス。マクロン大統領が、フランスをAI立国にと宣言し、それを象徴する施設として、1,000社以上のスタートアップや、20以上のVC、フェイスブックやマイクロソフトなどの大企業が入居が入居する“Station F”と呼ばれる巨大なイノベーションハブを立ち上げました。アイディアを形にするインキュベーションや、事業化を促進するためのアクセラレーションと呼ばれるプログラムが展開されています。他の国でもこうした拠点づくりが注力されているのです。

 

世界50か国の起業活動率(TEA)における日本の位置づけ

      出所)Global Entrepreneurship Monitor 2019/2020 Global Report

 

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この点、今回の衆議院選でも、「分配」が議論の中心で、起業促進があまり議論の対象にならなかったことは残念でした。与党は「成長と分配の好循環」を、野党は「分配なくて成長なし」をそれぞれ主張する中で、大衆受けがする分配の議論のみに目が向くことになってしまったように思います。

この10年、企業の現預金が積みあがる一方で、日本の労働分配率は低下を続けており、世界的にも低い水準になっていることは、多くの識者が指摘している事実です。しかも高齢化や、非正規雇用が拡大する中で、全世帯でみると所得格差も拡大傾向を示しています。米国ほどではないにしても、「世界の99%を貧困にする経済」と揶揄された新自由主義経済のもと、大企業経営者等、一部の富裕層と一般勤労者の格差が目立つようになりました。自分の経験を踏まえても、労働分配率を見直すこと自体に対する異論はありません。

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ただ、分配の問題だけが強調されてしまうと、結局、経営と労働の二極分化の議論に帰着してしまい、議論が内向きになってしまうと思うのです。しかも、分配が生み出すのは消費が中心であり、あくまで内需の拡大ということになります。中長期的な我が国の成長を促進するためには、外貨の獲得につながるような投資や、起業促進に目を向けるべきだと感じます。

我が国の中長期的な成長率を高めるために、分配に加えて起業促進を強化すべきだと思うのです。

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