EBPMと政策意図

わが国で、証拠に基づく政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)が、本格的に推進されるようになったのは、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」2017において、政策、施策、事務事業の各段階のレビュー機能における取組を通じてEBPMの実践を進めることとされてからのことです。

2018年度の内閣府取組方針では、「政策の企画立案をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで政策効果の測定に重要な関連を持つ情報やデータ(エビデンス)に基づくものとすること」が示されました。

根拠をデータで示す必要があるというのは、当たり前のことのようですが、当時仕事を受けていた省庁の担当者が大変そうに話しているのを覚えています。

政策によっては、根拠をデータで示すことが困難な場合もあることは想像がつきます。EBPMは、緒に就いた段階から軌道に乗り出した段階にきたといわれているものの、よりうまく機能するものにしていく必要がありそうです。

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EBPMに関連して、小沢慧一「南海トラフ地震の真実」(東京新聞)を読んだのですが、紹介されている南海トラフ地震の発生確率が意図的にゆがめられているという内容には驚きました。

南海トラフで地震は30年以内に発生する確率は70~80%と予測されていますが、これは別の地域とは異なる方式で水増しされて算出された結果だというのです。ほかの地域と同様の手法で計算すれば20%程度。低い発生確率を公表することで関連予算が減らされることを恐れ、防災対策関係者だけでなく研究者も高い発生確率での公表を受け入れたという取材結果が示されています。

私も仕事柄、政策立案の根拠となる調査を行う際に論拠となるデータを収集するということは承知しておりますが、根拠の違うデータを説明もなしに同列に並べて示すのは論理性だけでなく倫理感を欠いていると思いました。EBPMの考え方にはもちろん即しておりません。むしろあたかも根拠があると見せていることが残念だと思いました。

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改めてEBPMという物差しで政府の公表数値を眺めると、これはどうかというデータがいろいろ発見できそうです。

例えば、人口戦略会議「人口ビジョン2100」(2024年1月)は、想定以上に進行する人口減少に警鐘を鳴らし、これまでの取組が適切かつ十分なものであったのかについて論じています。人口減少問題に正面から取り組むべきとの提言が行われてきたわけですが、出生率(合計特殊出生率)は 2015 年に 1.45 まで上昇した後、再び下降しはじめており、現在(2022 年)は過去最低の 1.26 まで低下しています。年間出生数も、2016 年に 100 万人の大台を割った後、一気に 77 万人(2022 年)まで低下し、少子化の流れに全く歯止めがかかっていないことを指摘しています。

国立社会保障・人口問題研究所の人口予測で用いられている合計特殊出生率のデータが実態よりもかなり高めに設定されていたことを思い出して確認したところ、2006年以前の実績は低位推計に近く想定されていたことがわかりました。一般的に引用されることの多い中位推計の合計特殊出生率は、希望的な水準となっていて、国民の危機感が緩和されていたようです。

想定に国民の危機感緩和の政策意図があったのかはわかりませんが、高めの想定は良い効果を生まなかったように思います。もう少し早く厳しい推計値を示し、危機感を強調し、フランスのように子育て支援策を拡充できていたら、もう少し良い方向に向かっていたような気がします。1980-90年代は、高めの想定に違和感を持った人も多かったので、もっと目を向けた議論をすべきだったと感じます。

      注)人口動態統計、国立社会保障・人口問題研究所資料をもとに作成

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政策の根拠を明確にするEBPMは歓迎すべき取組だと思いますが、一方で政策意図の根拠づけを行うために、巧妙なデータ操作が行われることにも十分注意した方がよさそうです。ビッグデータ等、利用されるデータの種類と量が拡大する中で、政策意図と根拠を示すデータの妥当性に対する感性と判断力を磨くことがいよいよ重要だと思います。

 

マインズ・アイ 代表取締役 名取雅彦

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