21世紀のユートピア

本棚をみていて、学生時代に学科の読書会で読んだロバート・フィッシュマンの「20世紀のユートピア(Urban Utopias in the Twentieth Century)」という本が目に入りました。都市計画家として、それぞれ斬新なアイディアを提示したエベネザー・ハワード、フランクロイドライト、ル・コルビジェを取り上げて、その考え方を論じ、都市計画の意義を考えるという本です。

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この本で、特に興味深いのは、3人の提案している理想都市の形態が、まったく異なる類型を示していていること。エベネザー・ハワードは「田園都市」という考え方の生みの親でであり、過密状態にあったロンドンの都市問題の解決策として、郊外や地方における自立した都市モデルを提案しました。フランクロイド・ライトは、分散化をさらに進め、農村における自給自足生活を基本とする「ブロードエーカー・シティ」を提案しました。対極にあるのはル・コルビジェで、高層ビル群を建設して空地を確保し、歩車分離によって都市問題の解決を図る、「輝く都市」を提案しました。同じ都市問題の解決策でありながら、全く異なる答えの導き方が刺激に満ちていました。

当時のわれわれの議論では、ニュータウンが検討課題だったこともあり、ハワードの田園都市論を基本とするある程度拠点性を備えた都市開発が重要と考えていたように思います。東京臨海地区に立地する都心部の高層マンションについては、必要性は理解しつつも住宅については、日照など新たな都市問題を招いているという理解でした。ライトの「ブロードエーカーシティ」は、市場が存在するものの、普段はそれぞれの世帯が自給自足の生活を送り、人々の交流も限定されるというプランだったことから、なぜこれが理想都市になるのかが、理解できませんでした。

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日本における状況をみると、コルビジェが提案したように高層ビルは広く普及し、都心部では高層ビルの数は格段に増えることになりました。オフィスビルやホテルだけでなく、タワーマンションが武蔵小杉等郊外部でも林立し、人気を集めています。

ハワードの田園都市は、思想的には日本でも重視され、地方や郊外部の都市開発がすすめられました。ただ日本のニュータウンの場合、多摩ニュータウン等、多くのニュータウンは住宅団地としての性格が強く、産業機能も備えた自立的な都市はごく一部に限られることになりました。

ライトのブロードエーカーシティは、地方への移住ということになりそうですが、計画という面では、顧みられることがなかったように思います。

ただここにきて、検討中の国土形成計画を読んでいると、新たに「地域生活圏」という考え方が提起されており、デジタル技術が普及する中で、「ブロードエーカー・シティ」でライトが提案したような分散型地域を再考する必要があるように思います。

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検討が進められている国土形成計画では、グローバル、ローカル、ネットワークという3つのキーワードが掲げられ、世界に向けて大都市群が連携するスーパーメガリージョンを形成する一方で、ローカルという観点から「地域生活圏」の形成が目指されています。

「地域生活圏」については、地域の文化的・自然的一体性を踏まえつつ、生活・経済の実態に即し、市町村界に捉われず、官民のパートナーシップにより、デジタルを徹底活用しながら、暮らしに必要なサービスが持続的に提供される地域生活圏を形成し、地域の魅力向上と地域課題の解決を図るという方向性が示されています。デジタルの力を活用して、あらたな国づくりを進めるという意味では、総合戦略が昨年秋に公表された「デジタル田園都市国家構想」の国土形成版といってよいと思います。

「地域生活圏」の規模はあくまで目安ということですが、リアルな地域空間で日常生活に不可欠なサービスを相当程度維持しうる集積規模として、1時間圏内人10万人程度以上(高次の都市機能等はデジタル活用等により、小さな集積でも質の高いサービスを維持・向上)という規模が示されています。また、生活・経済の実態に応じて、各種生活サービスの提供に必要な範囲を検討・設定する必要とされており、柔軟な対応が想定されていることがわかります。

地域生活圏の形成イメージ

   出所)国土審議会計画部会資料「デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成について」

 

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これまでは30万人の圏域がよく取り上げられていたことを考えるとだいぶ分散型の国土形成に舵が切られていることを実感します。今後の地域像を考える材料として、冒頭に紹介した3人の都市モデルは依然としてヒントに満ちていると思いますし、改めてライトが思い描いた社会と都市構造を振り返ってみたいと感じています。

 

 


マインズ・アイ 代表取締役 名取雅彦

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