「社会実装」と「社会実験」 

政府が推進する戦略イノベーション創造プログラム(SIP)に関する業務では、「社会実装」を意識することを常に求められます。「社会実装」とは、大まかには研究成果を社会問題解決のために応用、展開することをいとして用いていますが、用いられるようになったのは2013年に閣議決定された科学技術イノベーション総合戦略策定以降のことで、新しい概念のようです。

もともと第4期科学技術基本計画(2011年8月19日閣議決定)に、「科学技術イノベーション」を、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」と定義しているのですが、この定義の後段に知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつけると記しているのが源流ではないかと思います。

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今日、社会実装という概念が重視され、広く使われるようになった背景には、多くの科学技術政策の取組が要素技術を開発する研究のための研究で終わってしまい、社会的な課題の解決に直結しなかったという反省があるように思います。

そして、このことは現時点でも科学技術政策の大きな課題であるようです。例えば、先週末に開催されていたアグリビジネス創出フェアでも、その感覚を強く持ちました。ブースでどういう課題の解決に役立つのかを質問しても、明確な回答が無かったり、課題解決に役立てる担い手が現れることを期待しているという回答だったりということが少なからずあったのです。

展示会自体は、シーズとニーズをマッチングさせるための場と割り切ってみればよいのかもしれないのですが、テーマと体制が細切れになっていることも多いように感じます。

現在の競争的研究開発資金制度では、こうした問題を避けるために、プログラムを統括するプログラムダイレクター(PD)が配置されており、試験研究計画の進捗管理を徹底するとともに、領域間・分野間・プログラム間の資金の配分額や配分方式の見直しも行われています。こうした体制構築が社会実装に向けて一定の成果をあげているとは思うのですが、研究者の意識やネットワークが不十分な場合も多いように思うのです。

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一方、最近、社会実装から連想して思い出すのが、1990年代に交通政策の分野でよく用いられていた「社会実験」です。国土交通省が中心になって推進し、高速道路におけるETCの導入、またスマートIC実験について日本全国的かつ大規模な社会実験が行われ、一定の成果を上げてきました。

社会実験を定義すると、新たな制度や技術などの施策を導入する際、場所と期間を限定して試行することで、有効性を検証したり問題を把握し、時にはその施策の本格導入を見送るかを判断する材料を得るための実証作業ということです。社会実装のための実証作業と言い換えてもよさそうです。

社会実装に関連して、社会実験のことを思い出したのは、地域政策の分野では、新しい取組を「社会実験」と呼ぶことで自然と具体の現場におけるイノベーションの導入を発想し、工夫に取り組めた経験からです。

社会実装が大切といいながらも、実社会との距離感のある研究がまだ多い状況をみていると、具体の現場における実証の必要性を喚起する意味で、かつての「社会実験」という考え方に学ぶことができそうな気がしています。

 

 

 

株式会社マインズ・アイ代表取締役 名取雅彦

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